2025.6.5
森を未来へつなぐ、辻村農園・山林の挑戦(フォレストアドベンチャー・小田原)

インタビュー:株式会社T-FORESTRY 代表取締役 辻村百樹様
神奈川県小田原市にある「フォレストアドベンチャー小田原」は、樹齢300年を超える杉の木々が立ち並ぶ「辻村農園・山林」の中に位置する。江戸時代から8代にわたり受け継がれてきたこの歴史ある森では、フォレストアドベンチャーやマウンテンバイクといったアウトドアアクティビティだけでなく、再生可能エネルギーや森林教育など、多角的な視点から林業の新たな可能性が模索されている。森を守り、育て、次世代へとつなぐことを使命に掲げる辻村氏に、自然との共生やこれからの林業のあり方について話を伺った。
象徴的な一年─森の価値が見直された
──2024年は貴社にとって、大きな節目となったようですね。
「はい、昨年は森に関する取り組みがいくつも評価された年でした。まず、環境省の“自然共生サイト”に選ばれたこと。これは、自然との関わり方そのものが評価されたという意味で、非常に意義深いものでした。企業も今後、“自然とどう共生するか”という観点での投資が進むと良いですね。次に、国土交通大臣からは自転車活用に関する取り組みとしてフォレストバイクのマウンテンバイク事業について評価をいただきました。」
──そして3つ目が非常に注目されたかと。
「農林水産大臣賞を受賞し、さらに最高賞である「天皇杯」を受賞しました。林業の新たな経営スタイルとしての多角的な取り組みが認められました。林業は“育てて伐る”という時代から脱却し、森を「木」ではなく「森」として3次元的に捉えて、空間ごと価値を生む方向へと転換し、次の世代へとつなげていく必要があると考えており、森林をレクリエーションの場として活用するフォレストアドベンチャーもその一端を担ってきたと思います。」
フォレストアドベンチャーとの出会い

──フォレストアドベンチャーの導入はどのような経緯だったのでしょうか?
「今から15年前、日経の夕刊で河口湖にできたフランス発のアウトドア施設の記事を読み、“これだ”と直感がありました。翌日すぐに連絡し、現地に体験に行ったんです。何よりも感動したのは、『この施設を撤去しても森に戻る』というコンセプトでした。当時は公園を作るには“開発”しか選択肢がないと思っていた私にとって、“自然を活かす”という発想は衝撃でした」
──特にこだわった点はありましたか。
「私自身が自動車メーカー出身ということもあって、安全性にはとても敏感でした。ヨーロッパの安全基準を満たし、フランスのスタッフが検査に来てくれるという体制にも安心感があり、森にあるわんぱくランドのインフラが使えることもあって、1年半でオープンにこぎつけました。当初は専門家より年間1万人の来場者で、徐々に減少していくという厳しいシミュレーションを提示されましたが、結果的にはそれを大きく上回っています。」
幾度もの危機と乗り越えた力
──オープンから現在に至るまで、どんな困難がありましたか?
「2010年4月のオープン後、2年目には東日本大震災が起き、予約はすべてキャンセルになるという危機に直面しました。ようやくGWから少しずつお客様が戻ってきましたが、本当に厳しかったですね。そして新型コロナウィルスでも予約が一気にキャンセルになりました。しかし多くの施設が閉鎖される中、私たちは感染対策を徹底したうえで“開け続ける”という決断をしました。全国で唯一営業していたフォレストアドベンチャーかもしれません。」
──それでも来場者はいたのですか?
「ええ。実は東京から来た高級車が並ぶ日もありました。自粛モードの中、都会では外で遊べないという状況だったので、小田原まで車で遊びにきてくださったようです。もちろん従業員には苦労をかけて申し訳なかったですが、結果として多くのお客様に支えられました。」
森との共生

──社会の価値観の変化をどうお感じになっていますか。
「コロナ禍で私たちは立ち止まり、暮らしや社会との関係性を見直し、森や自然に対する関心も高まりました。小田原市とも連携して、市民が山に親しむ機会を増やそうと、おだわら市民学校で講師として山の案内をしたり、公園・キャンプ場の活用を進めています。山が身近になることで、初めて山が“見えてくると感じています。」
──今後の森との関わりについては、どのように考えていますか?
「“森を助けたい”という声は増えていますが、薄っぺらな取り組みも多く感じます。長い年月の森を使うには作法が必要で、森の全体像や100年単位という時間軸を理解しながら、事業やサービスを引くときはどこで引くか、あるいは増強するのかなど見極めます。また忘れてはいけないのが森が主役であること。すべては森をベースに考えるべきなのです。まだまだ森にはポテンシャルがあるので、本気で自然と向き合える人と一緒に、森を活かす事業をしていきたいですが、もっと若い人から食ってかかってくるようなアイディアが出てきてほしいです。」
森の冒険の価値
──最後に、メッセージをお願いします。
「一生に一度は木に登っておきましょう。木に登るという行為は、自然の中で新しい視点を得ることができる、とても貴重な体験です。また、緊張感や怖さを感じ、それを克服することで「森の冒険」がもっと楽しくなり、森の中での冒険が記憶に残れば、自然環境を守る意識にもつながると思います。森にはまだポテンシャルがあるので、森を活かし、共生できる取組を続けていきたいです。

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辻村氏の挑戦は、林業という伝統産業が、時代の変化に対応しながら新たな価値を創造していく可能性を示している。森を多角的に活用し、地域と共生しながら、自然の素晴らしさを次世代に伝えていく。その取り組みは、これからも多くの人々に影響を与えていくと期待しています。